BLOG BACK NUMBER 2011


PRESIDENT's DIARY -社長日記

NO.199 一年を振り返って。

あっという間に今年も今週で終わりですね。皆様にとってこの一年はどんな年でしたでしょうか。
充実した年だった方々、また悔やんだ年だった方々、思いは色々ですが、来年に新たな希望を持ち健康に留意し前向きな気持で進みたいものですね。
私にとっては、今年は旅に始まり旅に終わる一年でした。又よき出会いや悲しい別れなど人生60年生きていれば色々な事がある一年でもありました。我が家は、お陰様で家族全員大きな病気や怪我もなく皆平和に暮らせた一年でした。
昨年の今頃は正月にかけて、NZのミルフォード・トラックをトレッキングしていましたし、五月には台北で美味い料理をたらふく食べ、八月には、ヤコブセンの建築を見にコペン・ハーゲンや友人のK氏のサウナに入りにヘルシンキに行きましたし、年末から正月にかけてはヨセミテに行く予定です。まだまだ行きたい所、観たい作品などたくさん有りますので、これからも健康が続く限り飛び回る予定です。
これらが出来たのも、皆様のお役に立てる仕事をさせて頂いた、ご褒美と思い深く感謝しております。
来年もアルティマらしく、オリジナルにこだわり、少しでも皆様の仕事に付加価値を付けられる製品を提案出来るよう励みたいと思います。
私にとってこの一年は、震災を通し色々な事を考えさせられる一年でもありました。
最後に皆様にとって来年は、より良い一年でありますように。
一年間有難うございました。来年も宜しくお願い致します。

NO.198 ありどおろコンサート。

12月に入り本格的な冬の到来かと思いきや、暖かい日が続くなど体調管理が大変な日々が続いていますが、皆様はいかがお過ごしですか。
先日寒い夜間に一人寂しく、30年来の友人が参加している混声合唱団「ありどおろ座」の演奏会に行って来ました。
彼T氏は、大学在学中から混声合唱団に所属しバスパートを勤め現在は、参加合唱団でバリトンパートを勤めています。
私は、数年前まで彼が声楽をしている事は知りませんでした。お嬢さんも東京芸大の声楽科を卒業し、声楽や合唱を指導しオペラ歌劇などに活動中との事です。
正直ジャズのライブには行きますが、クラシックのそれも歌劇のコンサートは、初めてでした。皆さん正装でピアノの伴奏のみで一曲づつお腹の底から声を絞り出すようにして歌います。
この日彼は、「道化師」のプロローグを歌いました。初めは緊張していましたが後半はかなり落ち着いてきて無事歌い終わりました。
会場は、東京の「サントリーホール ブルーローズ」とあって音響効果はバッグンで、程好い反響もあり美味く聞こえたかも知れませんが、上出来でした。
私は人前でスピーチはした事が何度かありますが、演奏や歌を歌った事は記憶にありません。ですからカラオケも苦手です。
人前で自分の芸をさらけ出す勇気?も時には必要でしょうが、自ら進んでは・・・私にとって、唄を感情込めて歌えるヒトや楽器を演奏するヒトは、尊敬に値します。
最近は、このまま“はにかみのシャイなオジサン”で良いのかなと内心思っております。

NO.197 恥ずかしの企業紹介記事。

11月にしては穏やかな陽気が続いていましたが、ここ数日は、いよいよ冬の足音が近づきつつあるような天気で、朝晩の通勤時にはマフラーやコートを身に付けた方々を多く見受けるようになりました。
話は変わりますが、今年に入り有り難い事に複数の媒体に弊社の“アルティマ緑化レールシステム”が紹介されました。
興味をもって頂き、記事に取り上げられるようなオリジナル製品を市場に提案でき、弊社のポリシーが伝わり良かったと思いました。
一月「環境新聞」に“独自のワイヤー・レールシステム”としてアルティマ緑化レールシステムが写真入で大きく紹介され、五月に「産経新聞」に“オフィス総合展2011”の紹介記事にスパイラルワイヤーを使用したカーテンウォールの写真が掲載されました。
九月には、「Fuji Sankei Business I 」の“キラリ!わが社の商品・サービス”のコーナーでもアルティマ緑化レールシステムが紹介されました。
また今月は、社団法人「内外情勢調査会」の会報誌「J2 TOP」に恐れ多くも“世界に誇る”日本の中小企業というコーナーに弊社の紹介記事が掲載されました。これは緑化だけでなく弊社の成り立ちから26年間の活動をかいつまんでの2ページにわたる記事でした。
これらの紹介記事を、不特定多数の方々がもしかしたら目を通したかもしれないと思うと、少しばかり恥ずかしくも有りますし、これからの活動に少なからず良い意味のプレッシャーも感じております。紹介記事に羞じないよう、これからも市場のニーズに合ったオリジナルのオンリーワン製品を提案し続ける事が出来るよう努力して行きたいと思っております。
此処までこられたのも多くの方々、協力企業さんのお陰です。
深く感謝しております。これからもアルティマにご期待ください。

久しぶりに仕事関係で真面目な事を書いたので少しくたびれました。

NO.196 お気に入りの美女とのツーショット!

私は学生時代から“モダンジャズ”を聞く事好きでした。
丁度70年安保の時代で学生運動真っ盛りに青春時代を過ごしており、ジャズ喫茶全盛の時期でした。
当時ジャズ喫茶といえば、一杯のコーヒーで数時間も、じっと目をつぶり瞑想にふけるふり?をしているオタク風の学生がたむろしている店が定番でした。タバコをすわない私は、煙が目に沁みました。
時代も変わり近年は、好きなジャズの楽しみ方も変わってきました。今年に入ってひょんな事でウッドベースを弾きながら唄を歌う、姫を知る機会が有りました。
ミス“ニッキ・パロット”です。
その彼女が今月来日しました。2度目の来日だそうです。
運良くこじんまりとしたライブハウスで至近距離から彼女の演奏とボーカルを聞く事が出来ました。
う~ん ヒジョーに良いムードです。しかも金髪の美人さんです。
彼女が弾くウッドベースの音が私の好きだった故レイ・ブラウンのベースの音と雰囲気が似ており大変心地よく伝わってきます。
当日は、1部・2部と通しで約3時間の演奏とボーカルを堪能させてもらいました。
ゲストプレーヤーのテナーサックスの“スコット・ハミルトン”も良かったです。
彼女のCDは、5枚持っておりますが、演奏終了後CDでなく持参のLPにサインをしてもらいました。LPを差し出すと少し驚いておりましたが、あまりLPにサインをした事がないらしく、サインを端っこに小さく書いてくれました。
おまけに!彼女とツーショットの記念すべき写真も撮ってもらいました。(2部の演奏の後半からず~と狙ってました。)
カミサン以外のお気に入りの美女とのツーショット、これは私のお宝に確実に入ります。
帰宅後は、早速彼女のサイン入りLPにこのツーショット写真を入れてニヤついています
こんな事が私の最近の密かな楽しみになっています。
私も世に言う中高年なんですかね~あまり自覚はないのですが。

NO.195 紅葉の季節ですが・・。

先般の日光は、紅葉には少し早かったので今回は、再チャレンジに一路八ヶ岳へ。
八ヶ岳へは、30年以上前からドライブがてら「清泉寮」周辺の清里を中心に毎年のように行っております。特にペンションの「バーネット・ヒル」はオープンからの定宿です。
一年ぶりに早朝から気合を入れて、いざ八ヶ岳へ!
片道約2時間半、東京からおよそ200キロの道のりです。
今回は、八ヶ岳高原の「八ヶ岳高原ヒュッテ」周辺の紅葉を楽しみに遊歩道を使っての散策が目的です。海の口自然郷にある4つの散策コースの内、今回は音楽堂~ヒュッテ周遊コースと美鈴池コースとを遊歩道を使って約2時間のお手軽散策です。天気が良ければ美鈴池から八ヶ岳や奥秩父連山を眺望できるのですが、曇天の為に雲の合間からかすかに想像出来るだけでした。周辺には「八ヶ岳高原ロッジ」や「八ヶ岳高原音楽堂」もあり案内状にある通り“八ヶ岳に育まれた自然との出会い”を体験できました。
「八ヶ岳高原ヒュッテ」は、元侯爵の徳川義親氏の邸宅を移築された洋館です。随分前にTVドラマの舞台になり今は、当時の資料が展示されています。
肝心の「紅葉」のほうですが、結論から言いますと前日の大雨の為か、もみじの葉が落ちて紅葉ロードに・・・
それでも秋だな~の雰囲気は充分に堪能出来ました。
帰りは、お馴染み「サントリー白洲蒸溜所」にちょいと寄りウイスキーの香りに包まれ、蕎麦の「翁」で“ざるそば”を食して無事帰還いたしました。
今年は、残念な事に「奥利根湖」にカヤックをしに行きそこないましたが、来年は秋の紅葉を湖水近くから眺めたいと思います。
私も還暦を迎えたので、体調管理をシッカリして・・・

NO.194 美術展と秋のトレッキング。

10月に入って急に秋らしくなって来ましたが、皆様はどの様にお過ごしですか。
私は9月25日まで東京国立博物館の平成館で開催されていた「空海と密教美術展」でマンダラのパワーを浴びてきました。
パンフレットにもありましたが“国宝・重要文化財98.9%”真言密教美術・仏像曼荼羅を体感する素晴らしい展覧会でした。東寺講堂に安置されている仏像が8体展示され、その空間に圧倒されました。また空海の直筆の書5件も展示されておりました。これから秋の美術シーズン突入です。機会を作り美術館でのんびりも良いものですよ。
と話は変わって・・休みにチョイと秋の紅葉見物に日光にトレッキングに行って来ました。毎回季節ごとに日光に行くのですが、今回は少し早い秋のトレッキングです。正直あと少し遅い方が紅葉はきれいだったかも知れませんが・・・
今回はかなりの距離です。まず菖蒲ヶ浜をスタートし中禅寺湖北岸~千手ヶ浜~西ノ湖、お馴染み小田代原~竜頭の滝のコースです。昼食を挟み、所要時間約6時間の秋のトレッキングでした。
たまたま新聞やTVで「湖出現・紅葉の高原」と紹介された為か小田代原付近は、大勢の観光客で賑わっていました。これは先月の台風12号の大雨で「湖」が4年ぶりに出現し高さ約1メートルほどの木道が水面下となった様子を紅葉と共に見に来た観光客達です。私も所々の木道でトレッキングシューズがくるぶし近くまで水に浸かりました。
紅葉にはもう1週遅いほうがやはりよかったかな~と言うのが私の感想です。今回は時間の都合で温泉に浸かることは出来ませんでしたが、久しぶりに美味しい空気と美しい空間を満喫できたプチ旅行でした。

NO.193 ランドセルとタイムレター。

先日何気なく新聞を見ていたら、大震災の津波でお母さんを亡くした小学校3年生の女子に、亡くなったお母さんからの手紙「未来へつなぐ タイムレター」を届けたランドセルメーカーの記事が載っていました。また翌日のNHK「おはようにっぽん」でも放映されました。
これは、小学校入学の際に、購入したランドセルのサービスとして、子供さんが3年生になったら、お母さんが投函した手紙が届くと言うランドセルメーカーのタイムレターサービスでした。
手紙を届けられた家族には、きっとこれからの大きな支えになり宝物になる事でしょう。
たまたま、この手紙を届けたランドセルメーカーの人が中高で同期だったW君でした。彼の会社は、このタイムレターのサービスを10年余り続けているそうです。
会社を窓口とする「がんばれ!被災地のこどもたち!みんなでランドセルを贈ろう!」実行委員会では、来年4月より6年間に渡り被災された児童へのランドセル支援活動を行う事を決定したそうです。また新潟・福島の洪水でランドセルをなくされた方へも支援するそうです。
彼の実家がランドセル屋さんだったのは、知っていましたが、彼の会社がこのような活動をしていたのは、新聞・TVを見るまで知りませんでした。
今回の事のように、私が知らないだけで、私の周囲の知人でも地道に自分の出来る社会貢献をしている人がいる事でしょうね。
私も自分達が出来る社会貢献を仕事を通してでも行って行きたいです。

NO.192 奥飛騨温泉郷の旅。

今月上旬に「ミルフォード会」(NZの旅仲間の集まり)の方々3家族で奥飛騨温泉郷・新平湯の里「松宝苑」へ行ってきました。
仕事も年齢も関係のない、旅で知り合った方々との温泉旅行は、実に楽しいものでした。「松宝苑」の雰囲気も温泉も勿論食事も満足でしたが、やはり夕食後の終わりなき雑談とU氏持参の余市産モルトウイスキー6種のテスティングタイムが圧巻でした。庵を囲んで男3人(奥方達は、先にお休みされたので・・・)次から次へ話題が変わり、熱のこもった大変楽しい充実した時間でした。後は、部屋に帰って寝るだけですので時間に関係なくのフリートーキングタイムでした。
丁度台風が中部・関東地方を通過する時に当たった為か、道路も観光地も比較的空いておりました。
国宝「松本城」では普段見学が出来にくい場所も案内され大変興味深い時間を過ごせました。日本蕎麦屋の「女鳥羽そば」で美味い蕎麦を食べたり、「善光寺」では国宝「善光寺本堂」の内々陣で“お戒壇めぐり”をしたりと一泊二日にしては充実のプチ旅行でした。
往復の車の運転と旅の案内をして頂いたU氏に感謝です。
次回は季節的に“下町おでんを囲む会”ですかね~
楽しみです。

NO.191 北欧旅行 その二。

実は、コペンハーゲン空港に着いてから電車に乗りコペンハーゲン中央駅に行き、近くのインフォメーションセンターでふと身に着けていたポシェットを見ると口が開いている、ない財布がない・・・
旅のショッパナで人生初の苦い経験を味わう事になりました。
クレジットカード3枚、キャッシュカード1枚、スイカカード1枚それに家族写真1枚、現金等々・・・かみさんからプレゼントのLV財布にみんな入っていました。 どうしょう・・・
かみさんの指示で、急ぎホテルでカードの無効手続きをして何とか収まりましたが、不注意でした。全く気が付きませんでした。
私とした事が“青鹿不覚!”
でも気を取り直してこれから始まる旅を楽しまねば。
と言う事で、3日ほどコペンハーゲンで過ごしてから一時留守にして一路、ヘルシンキへ2泊3日の旅へ。
ヘルシンキ空港から高速バスで1時間半のラハティへ、此処で30年来の友人K氏と落ち合い、K氏邸へ。
日本人の彼は、40年フィンランドに住み工業デザインを大学で教えております。奥様共々アーチストです。
彼は現在、今ではフィンランドでも湖畔の近くに建てられない本場のサウナ小屋を所有しております。しかもマイ桟橋も所有しておりました。オーロラの季節ではこのマイ桟橋からオーロラが見えるそうです。浅草育ちの私にはとても考えられない環境です。
初体験の本場のミストサウナに入り、汗だくになったら桟橋から湖水へ頭まで入り、体をさましてからビールで喉を潤してまたサウナへを繰り返す事5回、途中なぜかソーセージを炭火で焼いて食しました。幸せだな~こんな世界があったんだな~
今では規制が厳しく、湖畔から30M以内にはサウナ小屋は許可が下りないそうで、湖畔に面したサウナ小屋は大変貴重だそうです。
夕食は、庭で取れた野菜をサラダにしたり、鱒をスモークしておかずにしたりして、まさに生活そのものが、リゾートです。
フィンランドの湖畔に面し森に囲まれた平屋作りの洒落たお宅は、現在彼の手により改装中でした。3~4層の窓は厳しい冬の寒さにも充分耐えられるそうです。
彼の家の近くにある(と言っても湖の対岸でしたが)鍛冶屋さんの工房やフィンランドに昔から伝わる伝統の糸織りアーチストのアトリエにも連れてって頂き、観光客が味わえない本場のフィンランドらしさを垣間見てきました。旅先で友人がいる事の幸せを感じる貴重な体験でした。Kさんお世話になり有難うございました。
ヘルシンキ市内では、岩盤をくり抜き自然の岩肌をそのまま利用した「テンペリアウキオ教会」や開催中の「カイ・フランク展」や「キアズマ国立近代美術館」を見学しました。
人口が50万人しかいなく、スローな時間を過ごす人達と静かなたたずまいのヘルシンキの町並みが印象的でした。
3日目にコペンハーゲンに戻り、のんびり、ぶらぶらして帰途に着きました。
初めての北欧の旅。色々有りましたが今回も思い出に残る旅となりました。それにつけても財布がない海外旅行は、心細いものですね。
旅の間中“かみさん”の傍から離れられない自分が頼りなく反対に“かみさん”が頼もしい存在に私には映りました。
いざとなると女は強い!

NO.190 北欧旅行 その一。


お盆休みを利用して、初めての北欧旅行に行って来ました。
前々から北欧特にデンマークのコペンハーゲンやフィンランドのヘルシンキ周辺に行きたかったのですが、他に行きたいところが色々あり中々行く機会を逸していました。
この旅の目的の一つは、コペンハーゲンに在るホテル「ラディソンBLUロイヤル」に泊まり、レストランで食事をする事した。
このホテルは、1960年に建築家「アルネ・ヤコブセン」が建物の設計からインテリア全般(家具・ドアノブ・照明等)、食器(ナイフ・フォーク)まで一貫して手掛けた高級ホテルです。
まさにヤコブセンの世界が凝縮されたホテルなのです。
私は、アルネ・ヤコブセンには、特段の思い入れがあります。
最初に入社した家具会社が当時、フリッツハンセン(FH)の家具を輸入し一部国産化をしており、資材に配属された私が、FH全般を担当しておりました。家具がお好きな方なら、ヤコブセンの家具デザイナーとしての代表作「セブンチエア」「アントチエア」「エッグチエア」「スワンチエア」などはご存知と思います。
特に「セブンチェア」は、1955年の誕生以来、全世界で600万脚以上の生産量があるそうです。おそらく世界一ではないかと・・
一階のラウンジに置かれた濃いグリーン?の革張りの「エッグチェア」や品の良い茶色の革張りの「スワンチェア」は、このホテルのイメージと空気にさすがにドンピシャでした。ヤコブセン凄い!
20階にあるレストラン「アルベルト・K」では、2時間半の食事を楽しみました。革張りのセブンチェアに座り、ヤコブセン作の食器類を使用してのフルコースです。正にヤコブセンに囲まれて楽しい一時を過ごせました。50年前にデザインされた家具や食器が今日でもこれほどモダンに映るのもヤコブセン先生は流石でした。
コペンハーゲンでは、「デザイン・センター」「工芸博物館」「ブラック・ダイアモンド(王立図書館新館)」それにおきまり「人魚姫の像」やちょいと「チボリ公園」等も見学いたしました。またコペンハーゲン市内から電車で少し足を伸ばしてフムレベックにある「ルイジアナ美術館」にも立ち寄りました。現代アート主体の美術館で屋外の彫刻が対岸のスエーデンに映えておりました。
コペンハーゲンは、とにかくインテリア・デザイン好きにはたまらない街です。
着いたコペンハーゲン空港からしてデザインです。カフェやロビーのイスやカートまで全てが著名なデザイナーの作品です。
お土産にロイヤル・コペンハーゲン本店で、ちょいとお高い陶磁器を買い、お隣のジョージ・ジェンセン本店をチラッと見て買い物は終了。これにはわけがありまして・・・。

NO.189 大人の隠れ家。

アウトドア志向が強い我が家は、四季折々に毎年お気に入りの同じ場所に行く傾向が有ります。
春先の箱根、夏の伊豆や八ヶ岳、秋の水上、冬の日光等、特に日光は、我が家から比較的短時間で行けるので季節ごとに、トレッキングやカヤック、XCスキーを楽しんでおります。隠れ家として「中善寺金谷ホテル」を使用させてもらっています。食事よし風呂良しです。
八ヶ岳は、我が家が26年来お世話になっている、「バーネット・ヒル」が隠れ家です。オーナーのI氏には数度我が家にも来て頂いています。I氏は、昔から変わらずのセンス良し趣味良しの紳士です。
水上の「水上高原ホテル」は、奥利根湖のカヤックや尾瀬ハイキングには、位置的に都合良しの場所です。
ところがです、先日伊豆高原に「新隠れ家」が、見つかりました。
「オーベルジュ チエリーテラス」です。何気なく車の雑誌をパラパラめくっていて見つけた宿です。伊豆の魚に特化したフレンチを提供している宿です。
テーマも「伊豆の地魚と大地の恵みのフレンチ」のお宿です。
今回は、様子見も有り、仕事が終わった金曜日の夜に行き、土曜の朝・夕と食事をして日曜日の朝食を取って昼過ぎに帰宅のスケジュールでした。
かけ流しの温泉と静かな夜、それに飛び切り新鮮な野菜や果物にも感激しましたが、なんたって売りは、伊豆の海でその日に獲れた新鮮な魚介類の素材の味を引き出した料理です。
まさに完璧!食べて美味しい魚の料理のオンパレードでした。
新鮮な素材とはこれを言うのか・・・ 東京で大枚はたいて食べていた魚介類や野菜は何だったのか。少しオーバーかもしれませんが、帰宅後に食べに行ったレストランでも、チェリーテラスは美味しかった・・とついこぼす羽目になりました。
連れ合いは、2ヶ月に一度は行きたいと今でも申しております。
美味い魚介類のフレンチを食べたかったら、“ひとっ走り伊豆高原へ”が我が家の合言葉になりそうです。
また一つ我家に「大人の隠れ家」が増えました。
一つ注文があるとすれば、歳のせいかフルコースでは後半のメインディシュに行き着くまでに、お腹が一パイになりそうなので、次回からは全体に少し量を減らして頂く事にしました。
めぐり逢いとは不思議なものです。
めでたし・めでたし

NO.188 なでしこジャパン。

昨日18日は、一日中ぽわ~んとしておりました。連日の暑さと心地よい少しの寝不足とで・・・
皆さんもご覧になった方も多いと思いますが、“なでしこジャパン”女子サッカーの快挙です。
ドイツやスウェーデンを破っただけでも凄かったのに・・・決勝相手は、世界ナンバーワンの米国です。
しかも過去に一度も勝利してない相手です。2度にわたって先行されながら追いついた粘り強さと精神力に、ただただ圧倒されました。
私ももうだめかもと何度となく諦めムードでしたが、やってくれました“澤さん”人生の半分以上の18年を代表チームと過ごしたそうで、その間多くの困難や試練と出逢った事でしょうが、それらを乗り越えた努力が報われた勝利でした。MVPと得点王もさすがでした。
頂点を極めた彼女が、これからどう過ごしてゆくのか関心があります。きっと“彼女らしく”でしょうね。
PK戦で2度止めたキーパーの海堀さんも凄かったですね~。
今回の女子ワールドカップでは、改めてリーダー(指揮官)について考えさせられました。
監督の佐々木則夫さんは、皆の心を一つにさせる力と情熱と冷静にチームを把握する力を合わせ持った名監督と思います。
日本国の指揮官にも少しは、見習ってもらいたいものです。
今回の女子サッカーでは、彼女達の粘りと諦めない不屈の精神と幾多の困難を乗り越へるパワーを見せてもらった気がしました。
日本国民もまだまだ、まんざらでもありませんね~。
これで政治がしっかりしていれば・・・

NO.187 久しぶりのライブ!

梅雨時ですので天候が不順なのは仕方ないのですが、私は、雨だったり暑かったりで体が重く感じ、だある~い日々を過ごしておりますが、皆様はいかがお過ごしですか?
そこで気分転換にと、ライブでも見に行こう!と相成りました。
本当に久々に東京南青山にあるジャズクラブ[BLUE NOTE TOKYO]に丁度来日中の「RON CARTER TRIO」を聴きに行ってきました。
大御所ジャズベーシストのロン・カーターのライブは、過去に横浜や日光まで計5回は聴きにいっております。
毎回メンバーも演奏曲も違いますが、必ずジャズ好きの曲を2~3曲は演奏し観客を楽しませてくれます。ギターのマローンもピアノのミラーも思いの外、良かったです。
オリジナルカクテルのレシピも聞き出し、おみやにこの公演の為だけにデザインされた特別仕様のネクタイもゲツトでき満足の一夜でした。
勢いで翌日は、東京ディズニーリゾートでシルク・ドウ・ソレイユの「ゼッド」を見に行ってきました。
昔のサーカスの現代版かと軽く思っていたのですが、時代は変わりましたねー。私が小学生の頃見た、サーカスのイメージとはかけ離れた、スケールの大きさです。パンフにもある通りの正に「ライブ音楽とアクロバットの共鳴」「はじめて出逢う、生きた空間芸術」でした。
世界中からスカウトされたアーティスト達の超人的なアクロバットは、感動すら覚えます。
ショーは、主人公ゼッドが、「天」と「地」を旅する物語のようでしたが、次から次に場面が変わりよく判りませんでしたが、充分楽しめました。シニアの方にもお勧めです。
久々のライブ2連発で鬱陶しい梅雨を何とか乗り切れねば・・・

NO.186 企業ヒアリング。

2009年度に経済産業省より頂いた、「元気なモノ作り中小企業300社」のリストから、なぜか弊社が選ばれ、中小企業対策としての企業ヒアリングが昨年は特許庁・経済産業省、今年になってから東京都・財務省と担当者の方々が弊社に来られて行われました。
ヒアリングの内容は事前に連絡が有り時間は、ほぼ一時間を予定されております。だいたい2時ごろ来られ結果的に4時半~5時半に帰られますので、かなり長時間の内容の濃いヒアリングになります。私にとってもこのような機会は滅多にない事ですので、つい力が入り結果的に長時間になったようです。スイマセンでした。
各役所の担当の方々は、私どもに中小零細企業の実態把握に基づく今後の政策及び制度の作成等の参考意見を主に求められているようですが、中小零細企業がおかれている現状を理解するには、もう少し最前線の現場に行かれて職人さん達と一緒に汗をかくぐらいの気力がないと心底の現状把握は無理でないかと思われます。現状は仕事があっても食べてゆくのが大変なのです。
毎日の仕事が役所内中心でしか行われていない現状で理屈や頭の中だけでのイメージだけの理解では、現場の大変さは心底理解できないでしょう。
中小企業は何もモノ作りの会社だけでは勿論有りません。しかし数ある企業の中から私どもの会社に来られるのですから、やはりモノ作りの事をお話しするしかありません。
なにせモノつくりは、企業の原点ですから。
日本の大企業を支えている多くの中小企業の活性化なくして日本の技術発展はありえません。それが今失われつつあります。
職人さん達の高齢化に伴い技術の伝承が行われ難くなって来ております。それに加へ後継者不足が深刻な問題です。
このペースで職人さん達が高齢になり技術の伝承が難しく若者のサラリーマン化に伴う後継者難で、結果的に廃業に追い込まれる中小零細企業が増えてゆけば、日本のモノつくりの将来は、どうなるのでしょうか。
人には各々役割分担があります。ですから関係省庁の方々には重ねてお願い致します。
中小零細企業に働いている多くの方々が安心して暮らせて行ける環境を一刻も早く作ってください。中小企業対策とは現状把握に基づく適切な政策・制度の実現です。数千億の予算を中小企業対策費としてお持ちのようですが、我々中小零細企業にはまったく実感としてその恩恵を感じません。その数千億円の対策費は何処に消えているのでしょうか? 
どうか我々が汗をかいて稼いだ血税を有効に使ってください。
心よりお願い致します。

NO.185 ショウロンポウの旅。

皆様の近況は如何ですか?
五月に入り少しずつですが、街も賑わいを取り戻してきているように感じます。しかし例年五月に行われる、地元浅草の「三社祭り」は今年に限り中止です。みんなが元気になれるのですがねー。
震災を機に危機管理に対しての政府や企業の対応が問題しされて来ております。国民の安全に対しては、最優先の姿勢を忘れないでほしいものです。
話はガラット変わりますが、今月に入り“ショウロンポウ”を食べに台北に行ってきました。「ディンタイフォン」と言う店が特に有名だと聞いていたので、この店から始めました。台北に行ったら必食と言う事で他の店にも食べに行ったのですが、私はやはりこの店に止めを刺しますねー。混んでいましたが滞在中二度行きました。
初めての訪問なのでお決まりの観光コースをひたすら散歩と言ってもひたすら地下鉄とバスとタクシーを乗りついての街歩きの旅です。
故宮博物院・中正紀念堂・龍山寺・孔子廟等のベストスポットは大体見学いたしました。寺院・旧跡は、日本とのつながりを感じるものが多いようでした。
少し足を伸ばして、夕日で有名な「タンスエイ」レトロな「ジョウフェン」にも行きました。なにせ台北市内は、排気ガスで大変空気が悪くてまいりましたので、出来るだけ郊外へ行きたかったものですから・・・ 街の雰囲気は、何か関西的で地下鉄のエスカレーターも右側に一列に並びます。駅構内はまさに大阪の梅田?
最終日に本格的な中華料理を食べようと、台北のランドマークとして知られる地上101階、高さ509メートルを誇る超高層ビル「台北101」にある86階の高級レストランへ、流石にフルコースは食べ切れませんでした。生憎の曇り空で展望はいまいちでしたが・・・サービスも良く 美味しかったです。
滞在したホテル「エクラ」は、2009年開業のプチホテルでした。館内の随所に著名な作家によるアートが飾られ、客室も有名ブランド品満載のデザイナーズホテルです。ただし日本語は通ぜず英語のみで欧米人と中国の富裕層中心のホテルという印象でした。
部屋のセンスも大変良く快適に過ごせて台北の印象は、グーでした。客室のアメニティは、全部お土産にしました。
日本から近くて美味しい料理がある「台北」機会があれば皆様もぜひ一度・・・

NO.184 倉俣史朗とエットレ・ソットサス展。

連休も終了いたしましたが、皆さんは如何されておりましたか?
震災の自粛も少しずつ緩和されてきたようで、この連休中は各地での賑わいもTV等で紹介され始めました。
昨日終了されたようですが、先日 東京六本木の東京ミッドタウン・ガーデン内にある[ 21-21 DESIGN SIGHT ]での企画展「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」へ行ってきました。ご存知の方もいらっしゃると思いますし案内パンフにもありましたが、デザイナーの倉俣史朗さん(1934~1991)は、詩的で独創的な世界観を空間設計や家具造形を通して表現し、世界のデザイン史に名を残した日本を代表するデザイナーでした。代表作に「ミス・ブランチ」「硝子のイス」「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」などの家具、インテリアデザインでは、ISSEY MIYAKEのブティックをはじめ多くの商業施設を手掛けました。またイタリアデザイン界の巨匠エットレ・ソットサス(1917~2007)とは〈メンフィス〉を通して交流が深まったそうです。表題の「夢見る人が、夢見たデザイン」展は、限りなく自由で生き生きとした〈デザイン〉に改めて出会う展示会でした。
私は、およそ30年ほど前に倉俣史朗さんと六本木のクラマタデザイン事務所で30分ほどワイヤー使いのデザインについてお話をした経験があります。大変小柄で決して雄弁な方と言う印象では有りませんでした。記念に当時いただいた名刺を今でも持っております。
名刺の中央に倉俣史朗とのみ記載されていたので、業界にあって看板である名前だけで勝負出来るとはさすがだなーとの印象でした。
作品を見ながら若かり日の自分を思い出す絶好の回顧展でした。
私も初心を忘れずに「人の役に立つ物を人まねせずに社会に形を持って提案する」をこれからも実践して行きます。

NO.183 「白洲正子 特別展」

最近はどうしても震災関連の話が多くなりますので、今回は少し話題を変えて美術館に行って感じた事を少し書きたいと思います。
東京の世田谷区にある「世田谷美術館」にて開館25周年を記念して生誕100年特別展「白洲正子 神と仏、自然への祈り」が開催されております。(2011年5月8日まで)
ご存知の方も多いと思いますが、白洲正子は、経済人でもあり吉田茂の政治ブレーンでもあった大変ダンディーな白洲次郎の奥さんです。
白洲正子は、1910年(明治43年)樺山伯爵家の次女に生まれました。幼くして能に親しみ14歳で女性として初めて能舞台に立ち、米国留学を経て白洲次郎と結婚。
戦後は一流の文化人と交流を深めながら文学と骨董の世界に没入し、43歳の時に能面を求め各地を旅しました。この旅が契機になり、その後日本各地の寺社を訪ね、背景になる歴史を記しながら、彼女の美意識に基づく知られざる神仏像を取り上げ、「西国巡礼」「十一面観音巡礼」等の紀行文を発表しました。
白洲正子さんに関しては多くの関連書籍が出版されておりますが彼女が訪ね記した言葉と共に、所縁の寺社の秘仏や神像、宝物など、国宝・重文を含む名宝約120件の一挙公開は、初めてだと思います。
それにつけても彼女の眼を通した神仏像の見方・考え方は、物事に関しての多角的な捕らえ方や掘り下げ方につながり大いに参考になりました。
今の時代次郎・正子のような一本筋が通った事業家・政治家・文化人が少ないのは、日本の教育に関係しているのでしょうか。
お二人が晩年住んだ、旧白洲邸「武相荘」にも一度足を運びたいと思いました。

NO.182 東京の夜。

東日本大震災から40日ほど経ち自衛隊や警察による行方不明者の捜索が連日続いております。自衛官や警察官が放射能汚染の危険にさらされる中での目覚しい活躍は、彼らの使命感によるところが大きいとの事ですが、本当に頭が下がる思いです。体に気をつけて頑張って頂きたいです。
現場の実情を後方にいる政治家先生達は、何処まで把握されているのか甚だ疑問に思っておりますが・・・
大震災の影響で、首都圏を中心に繁華街のネオンが消えて街に重苦しい沈滞ムードが漂っています。先日銀座に地下鉄で行った際、地上に出て驚いたのは、あまりにも街全体が薄暗く、これがあの日本を代表する銀座なのかと少し寂しい想いでした。
地下鉄の暗さも印象的です。ヨーロッパを旅した際は、駅構内はこんなものとの思いも有り、むしろ今までの日本の駅構内が明るすぎたのだと気が付く日々です。
節電が暗さに対する私達の意識に何らかの変化をもたらしていると思います。この暗さにも次第に慣れてきて東京の夜は、これまでむしろ明るすぎた、これが本来の東京の夜だ・・夜の暗さを再認識し、むしろ街の暗さを楽しむ余裕がほしいものです。
しかし東京育ちの私には、あのきらきらした銀座が恋しいです。
残念ながら私は、まだそこまでの境地には達していないようです。

NO.181 sinnsaide。

今日から4月です。桜の開花宣言も有り、これから春のうららかな季節になります。
東日本大震災の発生から早いもので3週間が経とうとしております。この間次から次ぎへ被災地の被害が増大している現実を我々は受止めなくてはならず、悲しみが増してきます。
地震による津波の影響は、自然災害から東電の原発の人災?を引き起こし、今や日本だけの問題ではなくなり世界の英知を結集し放射能の影響をいかに最小に抑えるかの問題に移って来ております。
東電のような社会インフラを担う企業は、事業継続が重要なのは言うまでも有りません。日本国民一人一人が、多少の不便を我慢して節電に協力しておりますが、この事態によって経済活動を底辺で支えている中小零細企業では、計画停電により機械が動かせず受注分の製品の供給がストップする事態が発生しております。すでにこの状態は大企業を支えているこれら中小企業の死活問題ばかりではなく日本のいや世界中の大企業の経済活動に大変支障をきたし始めております。
このたび私はBCP(事業継続計画)と言う事を学びました。これは米国において1990年代から2001年の国際テロの経験からITやシステム系統の維持だけでなく中核ビジネスの事業そのものを継続させる為のプランだそうです。まさに企業の危機管理の基本計画をなすものと思います。
震災により我々も多くの事を学びました。
特に私は、国際支援の大切さを感じました。困ったときはお互い様の精神は、世界共通の気持です。後々の思惑もあるのでしょうが、この際は、純な気持として受止めたいと思います。
震災対応の支援の申し出は、134カ国・地域39国際機関に上ります。心から感謝の気持で一杯です。日本も国際社会において重要な一員であると言う自覚をより持ち、これからも、今まで以上に世界に貢献できる国にならねばと思います。

NO.180 東日本大震災。

3月11日14時46分頃三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震がおき、津波や火災により、今日現在亡くなられた方や行方不明の方が2万1千人を超えたそうです。
この東北関東大震災に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また犠牲となられた方々とご遺族の皆様にお悔やみを申し上げます。被災地の一日も早い復興を心よりお祈りいたしております。
私は、最近まで不覚にも地震による津波の恐ろしさをこれほどまでとは思っておりませんでした。TVで繰り返し見るこの地震による津波の威力に恐怖を感じました。おそらくあっという間の出来事だったと思います。何かを思い家に何かを取りに帰って戻らなかった方も多くいらしたようです。
またこの地震により起こった、原子力発電所による放射能の恐怖も今まで具体的に考えた事がありませんでした。東電による危機管理強いては、政府の危機管理の再考を議論するにしてもあまりにも大きな犠牲です。ところでいま私達が出来る身近な事で協力できる事は何なのでしょうか。節電を心がける不要な買いだめをしないガソリンは被災地を優先する等・・・ですが日本経済の建て直しの為に普通に生活できる人は、普通に生活すべきと思います。経済の活性化の為には、一人一人の経済活動が大切です。
またTVで報道される善意をもてあそぶ詐欺行為などは絶対許せません。こんな時にも金儲けを考える人達がいる事を悲しく感じます。
一方消防・警察・自衛隊や自治体の方々やボランティアの方々の不眠不休の活動や原子力発電所への決死の消火活動にも感銘を受けました。
今回の経験で多くの方々の防災意識が強化されたと思います。帰宅難民となった際の避難ルートの確認や家具の転倒防止対策・水や避難食の確保。とりわけトイレ用の水の確保は多くの方が指摘されておりました。皆様も防災について再度ご家族で確認下さい。
最後に弊社の転倒防止金具がお役に立った報を受けて、わずかでも貢献できた事がモノ作りに携わる者としての些細な喜びでした。

NO.179 思い立って京都。

新聞に「京都城南宮神苑のしだれ梅」の記事が写真入りで掲載されておりました。私恥ずかしながら城南宮を知りませんでした。平安時代末期造営の城南(鳥羽)離宮は、極楽住生を夢見た上皇方の離宮だそうです。調べると現在城南宮は、方除の大社としてこの季節「しだれ梅と椿祭り」が行われております。
そこでCMではありませんが、そうだ京都へ行こうと相成りました。
京都駅から地下鉄に乗り換えて最寄り駅である竹田駅へ、ここから徒歩にて目指す城南宮へ。途中宮内庁管轄の上皇所縁の寺を過ぎてお目当ての城南宮神苑に無事到着。新聞の影響か城南宮は、特に年配客でかなり込み合っておりましたが、しだれ梅(150本とか)は本当に見事でした。一度にこんなに梅の花を見たのは、水戸の「偕楽園」以来です。
しだれ梅を堪能したらもう昼過ぎ、美味しい京料理を目指して一路祇園へ。祇園では、来月の四月一日~三十日の一ヶ月間は、「都おどり」が祇園甲部歌舞練場で催されます。この会場の真向かいにあるのが、京料理 祇園「かわ富」です。京料理は、味だけでなく目も楽しませてくれます。和食の繊細さを静かな和室でいただく“おとなの贅沢な時間”は、日本人でよかったな~とつくづく感じる瞬間です。
この「かわ富」から歩いてすぐ近くに京都最古の禅寺「建仁寺」があります。「建仁寺」といえば俵屋宗達の晩年の最高傑作とされている国宝「風神雷神図屏風」が特に有名です。この二曲一双の屏風は、残念ながら通常は高精細デジタル複製が展示されておりますが、私は東京の国宝展等で何度か本物を見ております。出来る事ならばいつかこの建仁寺で本物を拝見したいものです。その他に方丈襖絵「雲龍図」も複製にて展示されておりました。
雨がちらつく中、最後に閉館間際の真言宗智山派「総本山智積院」に長谷川等伯とその一派によって描かれた「楓図・桜図・松に秋草図・松に黄蜀葵図・雪松図・松に立葵図等」を見に行きました。この内特に桜図と楓図が日本の障壁画を代表ものとして知られております。等伯の楓図は、庭園を望む別室にデジタル復元され当時の色彩が再現されておりました。描かれた当時はこんなに見事な色調だったのかと感動しましたが、本物の年月によって色あせた色調も何とも重みがあり、私個人的には勿論こちらに軍配を上げました。
「思い立っての旅」次は何処に行くのか。
密かな楽しみがまた増えました。

NO.178 NZ地震 クライストチャーチについて。

今月22日に起こったNZ南島のクライストチャーチでの地震については、皆様もニユースでお知りの事だと思います。
日本からも、いち早く国際緊急援助隊が災害救助に向かい不眠不休の活動を行っています。
日本からも語学研修の為に大勢の方々が当地に滞在していて、この地震の被害に遭われ行方不明になっており大変心が痛みます。
TVで見るこの語学学校ビルはエレベーター部分を除きほぼ倒壊しており地震の凄さを物語っております。たまたま私は、先月このクライストチャーチに2泊していて、崩壊した大聖堂の内部も見学しておりました。今でも大変素晴らしいステンドグラスが目に焼きついております。
古い町並みと近代的なビルに囲まれながらも近くに広い公園があり町全体がこじんまりしていて、観光客もここでは買い物をするばかりでなく皆さんゆったり街中を散歩したりしておりました。また特に地元の年配者の人たちがパターゴルフに興じる姿が印象的で、のんびり余生を過ごすには最適な地との印象がありました。
昨年9月にも大きな地震があったそうで、町中あちらこちらにある古い英国様式のレンガ造りの建物には囲いがしてあり人が内部に立ち入れなくしてありました。きっとあれらの建物も崩壊したかもしれません。この時にも紹介されたワインショップはすでに更地になっており地震のつめ跡を感じておりました。
滞在中気に入って3度も食事に行った上品な店主が居るレストランはどうなったかも心配です。何を食べるか迷っている時に親切にアドバイスしてくれた感じの良い店員さんは如何しているのか、オーダーをした際に、いい選択だとウィンクしてくれた姿を今でも思い出します。50日ほど前に自分達が滞在した思い出の旅行地があのような姿になるとは・・・皆さんが無事でいる事を祈っております。
もし東京で同じような地震があればおそらく甚大な被害になるでしょう。
改めて地震対策の大切さを考える機会となった出来事でした。

被害に遭われた方がたのご冥福をお祈りいたします。

NO.177 XCスキーとウイスキーライブ!

我が家で毎年この時期恒例の行事!と言えば「日光でのクロスカントリー・スキーとウイスキーライブ!」です。
今シーズンは、XCスキーは1~2月で計4回滑ってきました。
今月中旬の寒波の頃は、奥日光光徳周辺の雪質は最高でパウダースノウの新雪の上を気持よくラッセルして我がラインを描いてきました。
特に公認5キロコースは、起伏に富んでおりアップダウンがきつく往生しましたが、NZのあの経験(前々前回のNZミルフォードの項参照)もあり何とかクリアして楽しめました。
持参したホットコーヒーに少量のブシュミルウイスキーを入れて体の内側から温めると疲れも和らぎます。冬の誰もいない雪の林間コースで木漏れ日を浴びながら風の音に耳を傾け、生きてて良かったと思える贅沢を堪能してきました。
XCスキーの自然とは全く対照的なのが今年11回目となるウイスキーファンの一大イベント「ウイスキーライブ!」です。場所も東京の中心地である東京六本木のミッドタウンで行われ、期間も今年は2日間になりました。
アジア圏最大規模のこのイベントには、世界に誇るマスターブレンダーや蒸留所オーナー、マネージャーだけでなくウイスキーに関わる著名人が一堂に会し定例のマスタークラスも開催されます。
今回私は、「ウイスキーの四季」と言うデイヴ・ブルーム氏のマスタークラスに参加いたしました。日本にある4箇所の蒸留所のウイスキーを春夏秋冬に見立てた楽しいレクチャーでした。
飲んだくれの祭典も年々参加者が増えて、場所も期間も変更を重ねておりますが、それに伴いトラブルも増えてきた様です。
個人的には、以前のようなプロ相手のコンパクトなイベントがよかったような気がしております。
多少酔いが回って、ふぉわ~とした気分になって帰路に着いたのですが、ただ酒をいい気になって飲んだせいか2~3日は、ウイスキーはイイかな~の気分でした。

NO.176 中小企業ヒアリング調査について。

今回は、少し真面目に政府自治体の中小企業対策に関して、実経験を元に個人的感想を少し書いて見たいと思います。
創業以来経験した事がなかった事ですが、経済産業省や特許庁・東京都の方々とお会いする機会が昨年より今年にかけてありました。
2009年度に頂いた、「2009年元気なモノ作り中小企業300社」のリストから弊社をピックアップされ来社されました。
弊社に対してのこのヒアリング調査は、主に次年度の中小零細企業に対しての対策及び予算・新制度作成等の参考に現状の中小企業各業界の動向や新技術・特許出願状況その他を知りたいとの趣旨でした。
調査に来社された方々は、各役所でも一番忙しい立場の方々でしたが熱心に私の個人的見解や感想を長時間聴いていただきました。
各役所の方々が中小零細企業の現状を把握する事は、当然ながら役所の中にいては困難と思います。
このような機会が頻繁に行われ少しでも中小零細企業の現状を知り、存続・後継者問題の解決等の一端になればと思い、目一杯日頃の思いをぶっけさせて頂きました。
中小零細企業は、大企業を長年縁の下で支え続けてきております。しかしこの大事な縁の下の力持ちである中小零細企業は、受注額の減少・単価の引き下げが続き、加えて職人さんの高齢化・後継者不足・資金のやりくり等の問題を抱えてきました。
国がこの問題の根本の環境整備を怠ってきたつけが、ここ数年の中小零細企業の活力をそぎ廃業に追い込んでいると思います。
長期間不景気が続き、中小零細企業が長年培ってきた技術の伝承が行われ難い現状では、数年後必ず中国などから日本の技術が元になった製品が輸入され一層中小零細企業の再生を困難にする事と思われます。
所轄官庁の方々!すでに遅いかもしれませんがまだ間に合います、中小零細企業がこの日本で生き残れる対策を早急に立案し実行に移してください。 頼みますよ!
今回はいつもと違い、真面目に語らせていただきました。
たまには、こんな事も語れるのですよ。

NO.175 冬の北陸。

前回のNZ編には続編のリクエストもありましたが、何かの機会にまた書かせて頂く事にして、今回は久しぶりに行って来た雪の北陸の印象を少し・・・ 
姪の結婚式が富山県高岡市で行われたので帰りにお隣の石川県金沢市に寄り「金沢21世紀美術館」に初めて行って来ました。
以前から一度訪ねてみたいと思いながら機会がなく念願の訪問です。
「金沢21世紀美術館」は、建築家の“妹島和世+西沢立衛両氏とSANAAの設計で「まちに開かれた公園のような美術館」を目指して建設されたそうです。
雪の中の美術館は、裏と表のないガラスのアートサークルの為か周囲の風景に見事に溶け込んでいて、建物自体がアートであり景観の一部に成っていました。
恒久展示作品は、現代美術が中心で特に“レアンドロ・エルリッヒ”の「スイミング・プール」は、楽しい作品でした。まさにパンフレットにある通り「気軽さ」「楽しさ」「使いやすさ」がキーワードの今までにない美術館でした。
金沢と言えば、特別名勝“兼六園”が有名です。特に雪の兼六園は一度尋ねて見たかったのですが、冬の金沢は寒いので中々機会がありませんでした。今回は絶好のタイミングです。
園内にある「時雨亭」は、平成12年に当時の平面図により再現されており、ここで頂ける抹茶と生和菓子で、雪の庭園を眺めながらしばし風流を味わいました。
還暦を迎えた身には、なぜか“和”は落ち着きますね。
念願の“雪の兼六園”を堪能し美味しい海鮮丼を頂いて帰途に着きました。しかし折からの大雪による突風の為帰りの電車のダイヤは総崩れ、何とか無事に帰宅出来ましたが少々疲れました。
素敵な結婚式とモダンアートと和を再確認した充実の小旅行は、また次の旅に繋がりそうな予感を感じさせてくれました。

NO.174 ニュージーランド旅紀行 その二。

前回の続編です。
ミルフォードトラック4日目は、全行程中最長の21キロの歩行です。今まで一日でこの距離を歩行した経験は過去にはありませんでしたが、比較的平坦で歩きやすく深緑の原生林を気持ちよく余裕をもって歩行できました。
前日の雨降りの歩行は大変でしたが、そのおかげで天気が良い時には見られない、花崗岩で出来た山々の山頂から湧き出る無数の滝のオンパレードを雨に降られながらも歩行中に見られたのは、今考えると貴重な体験でした。まるで無数のミニ版のエンジェルフォールに囲まれているようでした。
途中マッカイ滝やアダ湖を眺めながらランチの為のシエルターに着き、持参の自分製(毎朝ロッジにて自分用に各自が自主制作しました)のサンドイッチを頬張ります。ここまで来ると、このトレッキングの最終地点「サンドフライ」までもう一息です。この先これほどの環境の中でこれほどの距離を一行程で踏破する事はまれでしょうが、この達成感は何物にも変えられない貴重な経験でした。
何か終わるのがもったいない様で、でもホッとした気持ちにもなり、名残惜しさが湧き出てきました。
思わず最後までメゲズに頑張った自分を褒めてやりました。
人は、自分がもうだめだと諦めない限り何事もやれるものだとの思いを改めて実感いたしました。
53キロ地点過ぎから10分ほど歩くと終点「サンドフライポイント」があり、思わずサインの前でポーズ。
ミルフォードサンド行きの小船に乗り、ミルフォードトラックの4日間にわたる歩行は終了しました。
5日目は、ロッジからバスに乗り桟橋に向かいミルフォードサンドへのクルーズです。よくここの景観がポスターになっていますので有名ですが、私はミルフォードトラックを踏破した者でしか味わえない体験からして、この素晴らしい景観は、“おまけ”にしか感じられませんでした。
ミルフォード地区が世界で最も降水量の多い地域というのは紛れもない事実のようですが、晴れている時ばかりが良いとは限りません、ラッドヤード・キップリングという人が言った「雨が降るとここはまさに世界八番目の神秘である」とはまさに名言です。バスに乗りクイーンズタウンへと戻り「世界で一番美しい散歩道」の旅は終わりました。
実はNZ紀行は、まだ色々あるのですが・・
もしリクエストがあれば続編として次回にお知らせいたします。
リクエストがあれば・・・・

NO.173 今年も宜しくお願い致します

あけましておめでとうございます!
前回お知らせしました、NZのミルフォードトラックより無事生還いたしました。(少しオーバーですね。)
全行程約54キロを4泊5日でバックパックを背負いながらのトレッキングでした。
ナビゲイターによると、フィヨルドに代表されるニュージーランドの大自然を行く、ミルフォードトラックは長い間「世界で最も美しい散歩道」と称されてきたそうです。
ロッジを泊まりながらの4日間のトレッキングは、行程の半分が雨・雨・雨の連続でした。しかし事前に予想はしていたので、準備は万全です。頭から足元まで完全防水仕様のいでたちで、雨にも負けずに歩き続けられました。
初日は、足慣らし程度の散策でしたので余裕の塊、それよりか夕飯時の自己紹介の英語に四苦八苦。普段英語を使うことなく過ごしている為か思った事が口から出ない!しかし何とかパフォーマンスでクリヤー。
国籍は、さまざまでイスラエルの家族ずれやスコットランド・アメリカ・ネパール・オーストラリア・地元ニュージーランドのペアそれに我々日本人、総勢32名にガイド4名が共にしたオールメンバーです。
2日目16キロまだまだ余裕あり、緑濃いブナの原生林を歩き続けました。丁度以前行った屋久島に似ています。
そして魔の3日目15キロは、マッキンノンパスハットと言うこのトラックの最高地点までジグザグ道をひたすら登って行きます。ここはミルフォードトラックのハイライトでもあり、遠くに雪を頂くサザンアルプスが見え野生の高山植物やキアと言うNZの鳥の楽園でもあるのですが、雨・雨・雨での登りの歩行に加え、リックが肩に食い込みもう少しでメゲルところでした。
折角のハイライトでしたが、まったく周囲を楽しむ余裕もなく・・そのうち下り6キロの道のりの始まりです。この下りはトラック中で、一番きついところと言われますが、最も美しい景色が見られ所でもあります。しかし疲れが溜まってか楽しむ余裕なし。
最後の力を絞りきって見に行った「サザーランド滝」は、一見の価値がありました。世界で5番目の落差540mは、まさに圧巻でした。水しぶきとその風圧、もう少しでふっ飛ばされそうでした。
続きは次回に・・・